古/いにしえの面影       其の九百八拾

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

撮影日  2009年12月01日 火曜日
アップ日  2013年08月26日 月曜日
奈良県天理市ポタ桜井市箸中(倭迹迹日百襲姫大市墓)

纒向遺跡の箸中に所在する箸中古墳群の盟主的古墳であり、出現期古墳の中でも最古級と考えられている
3世紀半ばすぎの大型の前方後円墳。
この古墳を、『魏志』倭人伝が伝える倭国の女王「卑弥呼」の墓とする(邪馬台国畿内説)説もある。
従来、構築年代が3世紀末から4世紀初頭であり、卑弥呼が死亡したされる3世紀前半との時期にずれがあるため
その可能性は少ないといわれてきたが、最近年輪年代法や炭素年代測定法による年代推定を反映して
古墳時代の開始年代を従来より早める説が提唱されており、箸墓古墳の築造年代を卑弥呼の没年(248年頃)に
近い3世紀の中頃から後半とみる説も出てきている。

現在は宮内庁により第7代孝霊天皇の皇女、
倭迹迹日百襲姫命大市墓(やまとととひももそひめのみこと おおいちのはか)として
管理されており、研究者や国民の墳丘への自由な立ち入りが禁止されている。
倭迹迹日百襲姫命とは、『日本書紀』では崇神天皇の祖父孝元天皇の姉妹である。
大市は古墳のある地名。『古事記』では、夜麻登登母母曾毘売(やまととももそびめ)命である。

(Wikipediaより)


(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)


箸中の集落に入ってきました。

※土壁が…

角石、土壁
小路の向こうに
慶運寺さん

※川との拘り方が良さそう~

環濠集落では有りませんが~
巻向川を巧みに使われています。

※養魚場だった?

MY橋

※大きく広い屋根

村社 国津神社が在ります。
桧原神社と共に国津神社も産土(ウブスナ)と呼ばれ、
地域の信仰を集めている。

※手水舎

明治期の狛犬


※吽



※金毘羅大権現石碑

左右の宮座が有るそうです。

※国津神社の社伝によれば、
御祭神は天津彦根命(アマツヒコネノミコト)、天忍穗耳命(アメノオシホミミノミコト)、
活津彦根命(イクツヒコネノミコト)、天穗日命(アメノホヒノミコト)、熊野樟日命(クマノクスヒノミコト)の五神で、
素戔嗚尊(スサノヲノミコト)を併せ祀るということ。

古事記によれば、先の五神は天の安の河原の誓約(ウケイ)の際(後日詳述するつもり)に、
天照大御神が素戔嗚尊が、天照大御神が身に着けていた勾玉受け取り、それを噛み砕いてき、
吹き出した息のしぶきから生まれ出でたる神で、もともと勾玉を所持していた天照大御神の子とされる。


立派な彫刻の地車

※本殿舎
中の狛犬見なかった~!

文化時の燈籠

※お百度石

 氏子中安全

※境内から~

行きましょう~

※トタン被せ~

JR桜井線

三輪そうめん山本技術研究所の向こうに
倭迹迹日百襲姫大市墓

※歴史の交差点

大和棟



陵墓への参道~

※一服~バッカリ。。。

遥拝所

※宮内庁
大市墓

其の先は~
ベチャベチャ…






水辺の風景

※堤上を~

溜池100選にも選ばれているとか。

やはり、持ってるものはUPして
資料的に残さねば…
気を抜いたらあきません~
何時のが出てくるか判りまへんで!
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
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